園島義船、ぷるっと企画の活動日誌DX

ぷるっと企画の活動日誌。
漫画、イラスト、ゲーム、小説の情報を掲載。
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25日午前0時から、「スレイブサーガ」連載開始

 うーむ、書きたいものが多すぎて困りますね。まあ、ネタがたくさんあるのは、よいことですね。


 結局、前半は発展もので、そのあたりは十二英雄伝の一章と被るところもありますが、不思議なことにまったく違う感じになるんですよね。やっぱりそのあたり、作品の雰囲気ってのは重要なのだと思いました。


 冷静に考えると、十二英雄のシュナイザーと、スレイブサーガのアンシュラオンは、全然違いますね。どちらかといえばゼブラエスのほうがシュナイザーに近いです。


 ゼブラエスも、賊王街を作っていたころに、若い頃を描いた「空天伝」というものをやろうかと思っていたので、ネタはあるにはありますが・・・。性格はだいぶ真面目になってしまいましたね。


 アンシュラオンが自分勝手なので、バランスを取って「いい兄貴分」という感じになりました。本当はもっとやさぐれていたのですが・・・。それはアンシュラオンに継承された感じです。


 それと、一章と二章を合体させたせいで、順番が色々と変わったりもしました。本当は後でやろうと思っていたものを先にしたり、このあたりはちょっとごちゃ混ぜになっていますね。


 そのせいで、イベントが増えて想定していた大切な要素(ハーレム要素)が若干後回しになるのが、少しばかり心配ですが・・・もともと二章はそれなりの量があったので、合わせた以上は仕方ありません。


 ただ、キャラの性格を考えると、整合性を保つためにはこうするしかないかな、というところもあります。



 最近考えるのが、キャラの整合性というやつです。



 いわゆる、そのキャラの性格なら、どう動くのか、ということですね。これが破綻すると、「その行動はおかしい」となって、作品が失敗してしまいます。


 よくアニメでもありますね。最後の最後で失敗する、というやつが。


 これは結局、そのキャラが何を一番大切にしているのか、というところではないかと思います。


 それを貫けば、キャラは破綻しません。仮に裏切りをしたとしても、そこに整合性があれば問題ないわけです。あとはやっぱり爽快感でしょうか。私も含めて、みんなが見たいものは駆け抜ける強さ、爽快感、後味が悪くないもの。


 べつに、キャラが死ぬのはいいんです。そこに整合性、キャラが譲れないものが表れていれば、それは輝きになります。


 あとは、それを描ききれるかどうかですね。もしそれを描いていながら、物足りないと思えば、キャラ自体が弱いという可能性があります。個性が足りない、というべきでしょうか。


 昔は、創作をすることだけで精一杯で、そういったところまで見極められなかったような気がします。自分で自分のことは見えないものですからね。ただ、歳を取って経験を重ねていくと、だんだんとそれが見えるようになるわけです。


 かといって、わかっていながら無視することもあるので、必ずしも自分の作品でそれをやるかは別の話です。「これたぶん、受け入れられないな」とわかっていながら、やることもあります。


 その場合は、「仕事じゃないから、べつにいいか」という感情が働くことが多いです。投げやりというより、あえて迎合しないあまのじゃく的な発想ですかね。これが売り物で、他の人が関わっているのならば迎合するのでしょうが、自分のだと思えばあえて違う道を選ぶこともあります。


 売れ筋がわかっていながら、あえて違う道を選ぶ。こういう性格の人は、やはり先天的な皮肉屋なんですね。私もそのタイプなので、そのせいで苦労が耐えません。


 それによって、その作品を嫌いになる人も多いかもしれませんが、それはそれでよいのでしょうね。


 とまあ、そんなことを考えながら、新しい作品に臨んでいます。毎日忙しく、休まる時がないですが、そういった生活が好きなのでしょうがないですね。


 ではまた。


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「十二英雄伝」 小説家になろう






一章と二章を合体させて・・・

 いろいろと考えていたのですが、スレイブサーガは一章と二章を合体させて前半にして、それ以降は後半という形式にしようかと考えています。


 物語の展開上、そのほうがいいかな、と。章にすると、無駄なものも増えそうですし・・・いや、前半・後半でもそうなのですが、一章が思ったより増えて二章の内容にまで関わってきたので、どうせなら一緒にするかという感じです。



 スレイブサーガが楽しいと思った最大の理由が、昨晩わかりました。



 すべてのから解放されたから



 ですね。


 主人公のアンシュラオンは、仮に前世の経験を生かしたとしても、たかだか80年程度の人生経験しかありません。それはまだ人間として未成熟な証拠。


 そして、彼が力を得て、さらに暴力的な世界に行くことで、ある種の倫理観がなくなるわけです。それは、作者である私自身が持つ暴力性を自由に解き放てることを意味します。


 十二英雄伝は、そういった暴力性を宿しながらも、その中で人が持つ可能性、優しさや強さ、道徳観念、神性の光というものを表現しています。登場人物の多くが誇りと信念をもって、自分なりの正義のもとで戦うのです。


 が、スレイブサーガは、アンシュラオンに主人公が固定されているので、独善的で暴力的で即物的な要素が多くなります。それはそれで快感なわけです。十二英雄伝で描かれる、闇から光が生まれる過程ではなく、単純な感情による生き方がそこにあるからです。


 私自身、霊的な倫理というものに常に縛られています。成長するために、やってはいけないことがたくさんあるわけです。人殺しはもちろん、欲望の制御や普段の私生活の制御、感情の制御などなど、もっともっと高度な道徳的な束縛を受けています。


 それでも、時々激しい暴力的衝動というものが起こることがあります。それを自分の未熟性と理解しつつ、社会的な責任や役割を考え、理性で押しとどめます。



 それを解放できる楽しさ



 それこそが、この作品を書いていて楽しいと思える最大の理由です。


 作品である以上、それが他人にどういった影響を与えるかを考えなくてはなりませんが、スレイブサーガではあまり考慮しなくてよいのです。私の「お堅い部分」を壊すことができるのです。


 私だって、好きでお堅い考えをしているわけではありません。それが必要だからやっているにすぎないのです。ただそれが、何十年と続いたので、非常に息苦しく感じていたのは事実です。それが壊せるのですから、非常に楽しいです。


 基本は、明るいライトノベルです。


 書いていて思ったのは、



 ハーレム殿下に似ているかな



 ということ。


 最初のほうの、ハーレムのお気楽な生き方に似ています。あんな感じで冒険が続きます。


 さらに、彼より倫理観がなくパミエルキの影響で心が病んでいる部分があるので、それが暴力性に繋がっています。


 もしハーレム並みの素材をもった、ある面が鬱屈した自由人がいたら、と考えれば、その恐ろしさがわかると思います。彼は自分の敵を殺すことに遠慮はしません。自分と身内と、自分の所有物以外には興味がないからです。


 すべてが十二英雄伝の反対側にあるという意味で、まさに別物です。
 だから楽しいのです。


 23日頃からは、最初のほうの修正・追加をしないといけないので、あと三日くらいでどれくらいやれるかですね。まあ、すでに一日二話くらいアップしても、半月以上継続できる量はありますから、そこはけっこう気楽です。


 問題は修正ですね・・・修正って、書き進めるより大変ですから。



 そんな感じです。
 ではまた。




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「十二英雄伝」 小説家になろう






ちょっと疲れ

 昨日、一気に十二英雄伝のほうを書き上げてアップしたので、疲れました。その後、スレイブサーガもやったので、けっこう疲労困憊ですね。


 しかしもう19日。連載開始まであまり時間がないことを知りました・・・。当然、一章分まで書き溜められないですね。それも致し方がありません。またちょびちょびやっていきましょう。


 予定では、25日の午前0時に二話か三話、アップする予定です。少し時間はずらすかもしれませんけど。



 楽しいので、今日もまったり書きます。


 結果的に、書き始めてよかったです。やっぱりいろいろと溜まっていたんだなぁ、と思いますね。それに、ライトノベルっぽいのを書いてみたいと思っていました。


 正直、私が書くのは少し変わったものが多いですからね。その意味では、普通っぽい作品も書いてみたいと思っていました。


 なんでしょう。私が持っている二つの要素、一つは十二英雄伝のようなカッコイイもの、理想や理念、信念をめぐった熱い戦い。もう一つは、今までエロゲーで作ってきたような、姉とか妹への愛情表現などなど、そういったもの。


 ずっと前者が続いてきたので、少し硬質化してきた気はしていました。戦争も長引くと疲れるのと一緒でしょうか。十二英雄伝も、だんだんと激しくなっていきますからね。


 その中で、スレイブサーガを書けるのは楽しいです。


 そんな感じです。


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「十二英雄伝」 小説家になろう