ぷるっと企画の活動日誌DX

ぷるっと企画の活動日誌。
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真眼の力

 この世界には色々なものがあって、一つの基準に照らし合わせれば良し悪しや上下が存在します。


 その基準の一つになるのが自分自身です。


 人間というのは常に自分を基準に考えるものです。たとえば、「この人は失礼な人だな」と思う場合があります。この場合も自分の価値観、おそらくは自分ならばこうできる、という思いが基準になってその人を計測しています。


 ですから、自分から見てそうであっても、一概にはなかなか言えないこともあったりします。世間一般でそれが当たり前になっていれば、自分から見ておかしくても普通なのです。


 このように人間というのは自然と物事を見極める目を持っています。それがあくまで自分を基準にしたものであれ、自分より下のものは見分けられる性質を持っています。不思議なことに、霊にはもともとこうした能力が備わっているのですね。


 特に人間を見分けるうえで重要なのが違和感です。


 もし出会った人が自分よりかなり下の場合や、ちょっと大きな問題を抱えている人に対しては必ず最初の接触時に違和感が芽生えます。私は相手と直接会わないメールでやり取りすることが多いのですが、文章においてもこの違和感は如実に出ます。


 この違和感は必ず正しいものです。なにせインスピレーションに近いものですからね。「これは何か変だ」と思った場合、ほぼ100%、問題のある行動をその人は取ります。これを考えると霊の力はすごいものだと改めて感じるものですし、


 また、人間の本質というものは、自分が関わるすべてに表れるのだと感心もします。


 ネットでは匿名で語ることができますが、その中で隠しきれないのが本性、本質、霊性です。むしろ私が面白いと思うのは、匿名だからこそ本当のその人の姿が表れることです。


 これは実に面白いです。その言動を見るだけで、その人が抱える問題が丸分かりになります。こうした傾向性というのは人生のどの分野にも影響を与えるので、本当に重要なのは本質であることがわかります。


 私たちが地上に生まれてくる一つの目的は、こうした目を養うためです。相対的な話であっても、良いものと悪いものを見分ける観察眼を身につけることが大切なのです。なにせこれがないと本当の幸せというものも味わうことができないからです。幸せが何かを知らなければ実感もできないのですから・・・。


 まあただこの観察眼、自然に使えるようにならないとけっこう危ないです。だって、相手を常に観察していたら打ち解けることなんてできないですもんね。自然と接しながら自然と見分ける。こうしたことを続けているうちに私たちは進化していきます。


 人生は常に絵や作品と同じ。いつも本番であっていつも実験。試しながら試行錯誤しながら成長していく過程が永遠に続くのです。それを楽しいと思えるならば、私たちの人生は楽しいものになるでしょう。


 そんな感じです。
 ではまた!!










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