園島義船、ぷるっと企画の活動日誌DX

ぷるっと企画の活動日誌。
漫画、イラスト、ゲーム、小説の情報を掲載。
http://puruttokikaku.com/

659話 7/8 午前一時アップ予定

659話 「チームワーク その2」


 アップ予定です。



 ではまた!









※クリエイター支援「Ci-en」






658話 7/6 午前一時アップ予定

658話 「チームワーク その1」


 です。


 よろしくお願いしますー。










※クリエイター支援「Ci-en」






657話 7/4 午前一時アップ予定

657話 「レベルアップ」

 アップ予定です。


 よろしくお願いしますー


 この作品は「主人公最強系」なのですが、最初から最強とは言っていないので、ちょいちょいこうして強化が入っていきます。


 もともと強いんで頻度はあまり多くはないのですが、パワーアップは重要ですね。相手もどんどん強くなりますし。


 あー、でも、私の作品ってだいたいこうなんですよね。賊王街もハーレム殿下も、才能があって最初からそこそこ強い主人公が、後半の盛り上がりで一気に駆け上がっていくスタイルが多いです。


 十二英雄伝の主人公(まだ出ていない)もそんな感じですしね。百五十万文字超えているのにまだ主人公が出ていない小説って、ほかにないんじゃないかと思ったりもしますが・・・一応群像劇なので許容範囲・・・でしょうか。(※ゼッカーも主人公の一人なのでセーフで)


 そして、ヒロインが一番成長していく物語であることも、燃焼系シリーズ恒例の特徴でしょうか。なんででしょうね。これが私のスタイルとしか言いようがないです。


 その中でスレイブサーガが一番読みやすいんじゃないかなと思います。行間とかもこの作品で統一された気がしますし。


 二日に一回の更新って若干きつい時もありますけど、でもまあ、これくらい圧迫されないと小説なんて続けられないですからね。


 特に私は作品を細かく描きたいので、どうしても長くなりますし、「ああ、明日更新だなー」と思っていたくらいがやる気が出たりします。


発信関係


 ちょっと話は変わりますが、ここ最近の世界情勢とか既存媒体の状況を考えてみると、そろそろ新しい文化の流れができていると思うんですよね。


 単純に言えば、個々人がそれぞれのスタイルで発信していくスタイルです。YouTubeとかでは当たり前になってきていますし、私たちの中でもそれが当然として受け入れていますね。


 新聞やテレビがダメになっていって、芸能人がYouTubeに流れていくやつですね。


 小説に関しても、もっとそれぞれが自信をもって自由に発信していけばいいんだと思います。


 たしかにアクセス数とか気になる気持ちはわかりますけど(私もたまに気にしますが)、真摯に作品と向き合って、コツコツとファンを増やしていくのが一番重要ですよね。結局のところ、そこが一番大事。どの媒体であっても、見ている人を楽しませ、自分が伝えたいことをダイレクトに感動と一緒に叩き込む。これしかありません。


 というのも、たまたまカクヨムとかの自主企画で、受賞したいうんたら~みたいなのが見えて、「ああ、そんなの面倒くさいだけだけどね」と思ったからです。


 学生時代、私の好きな作家さんがいまして、その人が毎回打ち切りで苦しんでいたんですよね。「これは面白くなってきた」と思ったら、あとがきで「打ち切りで次巻で終わらせろと言われたので~」みたいなのがあって、よくショックを受けたものですが、書き手のほうが嫌ですよね。


 私もお金が関わると本当に大変で、それで作品が続けられなくなったので、本当にいいものを描きたいのならば、お金とは関係ないところでやったほうが絶対にいいです。


 べつに同人くらいならなんでもいいんですけど、誰かの都合で作れなくなるような状況は、クリエイターとしてつらいだけのような気がしますね。せっかく時代が個々人にフォーカスされてきたので、もっと自由に生きるべきです。


 問題は昨今の言論統制なんですが、これって結局のところ共産化によって頭の悪い人たちが増えたことが要因なんですよね。


 人間というものをダイレクトに感じられなくなってきたので、面白さがわからなくなって、自分が理解できないものは拒否する、という傾向が生まれるわけです。


 国語ができない人は、その文章の本当の価値を知ることはできません。意味を理解できないということは本当に恐ろしいことなのです。知的レベルの衰退とともに感受性も落ちてしまうのです。


 人間は常に進化するわけではありません。一つ一つの個性と表現を大事にしていかないと、どんどん今のような流れになってしまいます。


 たとえば性的表現にしても、それを忌避するのはおかしなことです。神が作った生殖機能であり、生殖本能は創造主である神から発せられているわけですから。


 一時期ポルノ画像は脳神経を破壊する、みたいな動画がけっこう出ていましたね。まあ、慣れていない間はそうでしょうけど、私の考え方としては「本当にその意味を理解すれば、穢れもまた浄化であることを知り、克服できる」というスタンスです。


 清濁併せ吞む、の言葉通り、光も闇も知ってこそ人間を受け入れることになるからです。


 闇を知らない人間は必ず大きな間違いを犯します。闇の中にいて光を失わない者こそ、私は真なる神人であると思います。


 だからどうしても作品の中で闇や穢れを描く必要があります。それがないと「本物」にはならないからです。


 とまあ、長くなっちゃいますが、今は媒体を管理する側よりも、我々一般人のほうが理解力が高く、頭もよいことが多くなってしまっています。ですので、こうした下から活動していくことがより重要になっていくわけです。


 あとは資金面の問題なんですが、作品を作ろうと本気で思えばお金の有無はあまり関係なかったりします。今ある環境の中でベストを尽くすしかありませんしね。


 そんな感じです。


 ではまた!









※クリエイター支援「Ci-en」