園島義船、ぷるっと企画の活動日誌DX

ぷるっと企画の活動日誌。
漫画、イラスト、ゲーム、小説の情報を掲載。
http://puruttokikaku.com/

鎖の跡


インディカルタより、ゼバイル先生にお越しいただきました。
そうなんですよね、鎖の一番怖いところは解放されてからなんです。
いざ自由になるとどうしてよいかわからず尻込みしてしまう。
新しい世界に対して戸惑ってしまうものなんです。
奴隷だった人は、奴隷の環境に慣れてしまい、それ以外のことが考えられなくなるのです。


これは霊的真理でも同じことで、魂が目覚めた後、
また引きこもってしまう人がけっこういるようです。
現実の肉の力があまりに強力ゆえに、真実の霊を見失ってしまう。
一番怖いのは、鎖の跡なんです。
手に残った鎖の跡が自分を縛ることが一番怖い。


私も今までアニメやゲーム系のいわゆる萌え絵に縛られていましたので、
いざ自由になるとどうしてよいのかわからない気持ちが若干芽生えました。
不思議です。
本当ならばもっと喜んでもよいのに、狂喜乱舞してしかるべきなのに
戸惑ってしまうという不思議。
それだけ長い間、呪縛の中にいたということでしょう。
それがあまりに強固だったので、まだ手と足に鎖でつながれていた跡が残っているのです。


あなたが怯えているのは鎖の跡なのよ


私はそれがわかっているので早い段階で対応できると思います。
というか、もうそれしかやることがないんでね・・・やります。
ただ、もっと喜んでもいいのにとは思いました。
それだけ苦しかったのでしょう。痛かったのでしょう。
そりゃそうですよ、あんな泥だらけの世界でしたもの。
いざ光の場所に出たら眩しくて朦朧とするのは当然です。
しばらく戸惑うかもしれませんが、一歩ずつでも歩いていければと思います。


絵本の案は色々と考えていたんです。

思えば絵本のネタってほぼ無限にありますよね。

結局人生訓ですからそうした本は腐るほどありますし、

霊的真理も伝えることが多すぎて、逆に何からやるかで迷っています。


あと、私はけっこう擬人化が好きなんで、動物系もたくさん出したいですね。

そういえば油絵やっているころは動物しか描きませんでしたし、

過去にほとんど興味ないですが、すべては無駄にならないってことです。


では、また!



企画事務所ページ
絵の依頼はこちら
事務所総合ブログ
日記・エッセイ・コラムブログ
スポンサー募集


十二英雄伝(小説家になろうサイト)
異世界でラム肉やってます(小説家になろうサイト)







人はみな、自分の悪に怯えている

不思議なことに人間というものは聖なるものを見ると恐れるようです。
それが正しいと知りながらも認めてしまうと
自分が悪であったことを認めることになるので、
「そう言ってしまえばそうなんだけど」「それは正しいけど、現実は」
などと言って認めない傾向にあるようです。


ここで素直さが試されることになるようです。
進化や向上が早い人は総じて素直な人が多いです。
私もままならない世の中を嫌うあまり皮肉屋になっていたところはありますが、
もともと常に正しいものを探していた人間なので、そこはとても素直な部類です。
おかげでより正しい価値観を見つけた時、すぐに鞍替えができました。
今でも自分の悪を認識した時は苦しくともより正しい価値観に従う努力ができます。


もちろん苦しいですけどね。
そう、今月の修行によって私の中には大きな復讐心が眠っていることを知りました。
いや、知ってはいたんです。
だってもしそうでなければ十二英雄伝なんて書けませんからね。
あれは自然や弱い人間を虐げた者たちに対する粛正であり、
ラーバーン側にとってみれば復讐心を持つ者たちが自分自身を燃やす行為でもあります。


そうです。復讐心は自分を燃やす。自分で自分を罰しているのです。

その悪癖を持つことそのものが罪であり罰でもあるからです。
もしここが剥き出しの精神の世界、つまりは霊界であったならば
私の魂はまさに炎に焼かれていたことでしょう。
その痛みや激痛は肉体がないからこそ、自身が捨てない限りは永劫に続くのです。
なぜならば生命は永遠なのです。魂、霊体は死にません。
心の感情がダイレクトに表現されてしまうのです。


ここが地上でよかったと心底思います。

肉体という鈍重な身体によって精神もある程度規制されています。

その分だけ痛みにも鈍感です。
これこそ神の慈悲であり、私が地上に生まれたもう一つの理由でしょう。
私の中にある怒りと憎しみを正しく矯正するチャンスを与えられたのです。
裏返せば正義や公正を求める力なのですが、神の愛は深く難しいもの。


真実の慈善や愛とは、へりくだることなのです。
自尊心を守るために攻撃することなんてひどく簡単です。
一番難しいのは、そうした怒りを愛に変えること。
自身を攻撃した敵を愛することです。


これほど難しいことがあるでしょうか。

私にはまだできないことです。

五年の修行でできたと思っていたことは
あくまで表面的なものにすぎなかったのです。

より内面、もっと奥底にある憎しみを排除しなければ
次のステージには昇れない、次の階層、次の霊格には上がれないということです。


しかし、素直であれば、神の正義と愛を信じるのであれば、
必ず乗り越えられると思っています。
地上は所詮連続した人生の一つの場にすぎません。
大切なことは自身を戒めること。自分の修行を日々続けることです。


どんなに苦しくてもつらくても

毎日どれだけがんばっても進化していないように思えても

悪を見つけ、それに対抗しようと努力し続けることが大事なのです。


どんなに攻撃されても愛し続ける。許し続ける。

これがどれほど難しいことでしょうか。

それでも立ち向かっていかねばなりません。

なぜならば、私自身も未熟だからです。

すべてはお互い様なのです。私だって過去に誰かを踏みにじったかもしれない。

気がついているものも多いですし、それ以外にも気がついていないだけでやっているのでしょう。

そう思うとこうした痛みも当然のものに思えてきます。

耐えるべき責任があるのだと。


聖なるものを見て恐れるのは誰もが同じです。
それでも受け入れてください。それしかありません。

自分が変わらない限り世界も変わらないのですから。





企画事務所ページ
絵の依頼はこちら
事務所総合ブログ
日記・エッセイ・コラムブログ
スポンサー募集


十二英雄伝(小説家になろうサイト)
異世界でラム肉やってます(小説家になろうサイト)





新しく始まる

これからは本当に自分がやりたいことをやっていきます。
絵本、児童書、児童文庫、教育にかかわることです。
高齢者ビジネスというのが今流行っていますが、新しい世代により正しい価値観を残すことが何より大切だと考えています。


私は常々子供の頃に霊的真理を知っていれば・・・と思うことがあります。
そうすれば無駄な痛みを受けずに済んだのではないかとも。
ただ、今まで味わった痛みがあるからこそ今がある。
ここ一週間くらいで、自分の中にあるマイナスの要素を見直してみました。
自分の中に怒りがある。恐ろしいまでの力がある。
それは反転すれば愛になり創造になるものです。いわば同じもの。
怒れるから、哀しめるからそのまま反対の力にすることができます。


犯罪を犯す人を私が庇うのはそのためです。
その力があれば反対のことができるのです。

その時に激情に身を任せてしまったがゆえの過ちです。
これも問題解決のメソッドというものを改めて意識しました。
知識を得て日々修養を行っていくと、怒ることは怒っても
数時間もすれば目の前にさまざまな解決方法が見えてくるものです。
それらは知識であり、日々の鍛錬で精神修養をしたからです。
その大切さ、積み重ねは本当に凄いと思いました。
昔なら何日か激怒していたでしょうが、早い段階で戻れるわけです。


今は本当に解放された気分です。
とりあえず仕事でのアダルト同人はもうやらないと思います。
ようやくここから脱出できるのに喜ばないわけがありません。
苦しかった。つらかった。少しずつであってもこれで大きな影響力から抜け出せます。

しばらくは絵本、児童文庫、霊的知識などを中心にやっていきます。

このエネルギーをもっと明るい創造に使えば、素晴らしい未来を生み出せるでしょう。


イラストの仕事も普通にやっていきます。一応メイン事業です。
クリエイターに戻ったことで今まで以上に絵に対しても興味は出ています。
その反面、いわゆるアニメやゲームの絵にはあまり興味がなくなっています。
自分でプレイする分にはいいんですけどね。
仕事があれば喜んでやりますが、まずは自分の特性を最大限生かせるもの、
夢と希望と明るい世界を描いていきたいです。
(まあ、絵本の中にはかなりグロいものもあったりしますが、グリム童話とかもそうですね)


では、また!



企画事務所ページ
絵の依頼はこちら
事務所総合ブログ
日記・エッセイ・コラムブログ
スポンサー募集


十二英雄伝(小説家になろうサイト)
異世界でラム肉やってます(小説家になろうサイト)