園島義船、ぷるっと企画の活動日誌DX

ぷるっと企画の活動日誌。
漫画、イラスト、ゲーム、小説の情報を掲載。
http://puruttokikaku.com/

人はみな、自分の悪に怯えている

不思議なことに人間というものは聖なるものを見ると恐れるようです。
それが正しいと知りながらも認めてしまうと
自分が悪であったことを認めることになるので、
「そう言ってしまえばそうなんだけど」「それは正しいけど、現実は」
などと言って認めない傾向にあるようです。


ここで素直さが試されることになるようです。
進化や向上が早い人は総じて素直な人が多いです。
私もままならない世の中を嫌うあまり皮肉屋になっていたところはありますが、
もともと常に正しいものを探していた人間なので、そこはとても素直な部類です。
おかげでより正しい価値観を見つけた時、すぐに鞍替えができました。
今でも自分の悪を認識した時は苦しくともより正しい価値観に従う努力ができます。


もちろん苦しいですけどね。
そう、今月の修行によって私の中には大きな復讐心が眠っていることを知りました。
いや、知ってはいたんです。
だってもしそうでなければ十二英雄伝なんて書けませんからね。
あれは自然や弱い人間を虐げた者たちに対する粛正であり、
ラーバーン側にとってみれば復讐心を持つ者たちが自分自身を燃やす行為でもあります。


そうです。復讐心は自分を燃やす。自分で自分を罰しているのです。

その悪癖を持つことそのものが罪であり罰でもあるからです。
もしここが剥き出しの精神の世界、つまりは霊界であったならば
私の魂はまさに炎に焼かれていたことでしょう。
その痛みや激痛は肉体がないからこそ、自身が捨てない限りは永劫に続くのです。
なぜならば生命は永遠なのです。魂、霊体は死にません。
心の感情がダイレクトに表現されてしまうのです。


ここが地上でよかったと心底思います。

肉体という鈍重な身体によって精神もある程度規制されています。

その分だけ痛みにも鈍感です。
これこそ神の慈悲であり、私が地上に生まれたもう一つの理由でしょう。
私の中にある怒りと憎しみを正しく矯正するチャンスを与えられたのです。
裏返せば正義や公正を求める力なのですが、神の愛は深く難しいもの。


真実の慈善や愛とは、へりくだることなのです。
自尊心を守るために攻撃することなんてひどく簡単です。
一番難しいのは、そうした怒りを愛に変えること。
自身を攻撃した敵を愛することです。


これほど難しいことがあるでしょうか。

私にはまだできないことです。

五年の修行でできたと思っていたことは
あくまで表面的なものにすぎなかったのです。

より内面、もっと奥底にある憎しみを排除しなければ
次のステージには昇れない、次の階層、次の霊格には上がれないということです。


しかし、素直であれば、神の正義と愛を信じるのであれば、
必ず乗り越えられると思っています。
地上は所詮連続した人生の一つの場にすぎません。
大切なことは自身を戒めること。自分の修行を日々続けることです。


どんなに苦しくてもつらくても

毎日どれだけがんばっても進化していないように思えても

悪を見つけ、それに対抗しようと努力し続けることが大事なのです。


どんなに攻撃されても愛し続ける。許し続ける。

これがどれほど難しいことでしょうか。

それでも立ち向かっていかねばなりません。

なぜならば、私自身も未熟だからです。

すべてはお互い様なのです。私だって過去に誰かを踏みにじったかもしれない。

気がついているものも多いですし、それ以外にも気がついていないだけでやっているのでしょう。

そう思うとこうした痛みも当然のものに思えてきます。

耐えるべき責任があるのだと。


聖なるものを見て恐れるのは誰もが同じです。
それでも受け入れてください。それしかありません。

自分が変わらない限り世界も変わらないのですから。





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